W.シェイクスピアの『ソネット集』に収められた154のソネット(14行の定型詩)を順番に訳していきます。翻訳は今回で3回目になります。
【詩について】
前回と同じく、今回の第51歌は美青年宛のソネット(1~126番)の一つです。この詩は一つ前の第50歌と連作になっている一篇で、馬に乗って青年から遠ざかる旅路を歌っています。前回は馬を傷つけることで自分を傷つけるという内容でしたが、今回は馬と和解しています。青年からすぐに離れる必要はないとか、心の飛ぶ速さに比べればどんな馬も遅く見えるといった理屈をつけて馬を赦した詩人は、馬を往路だけで解放すると宣言します。「馬で早く帰った方が良い」という思慮も忘れて感極まっている詩人の様子はどこか微笑ましくもあります。
【翻訳】
そこで僕の愛は許すのだ、遅く歩いて
君を背に急ぐ僕に抗う鈍重な運び手を。
君の居場所から彼方へとなぜ走るのか。
伝馬の速さが必要なのは帰り道だけだ。
ああ!哀れな獣も言い訳しようがない
最高速度でも遅く見えるのだとしたら。
僕はたとえ風に跨って拍車をかけても
速く飛ぶ翼に動きさえ感じないだろう。
僕の願いに追いつける馬はいないのだ。
(完全無欠の愛からなる)願いだけは
重い肉体も持たずに猛り走っては嘶く。
しかし、愛は愛ゆえにこの駄馬を許す――
君から離れるのを故意に遅らせたのだ。
君への帰路では僕が走り、馬は放そう。
【原文】(表記は現代英語)
Thus can my love excuse the slow offence
Of my dull bearer when from thee I speed:
From where thou art why should I haste me thence?
Till I return, of posting is no need.
O! what excuse will my poor beast then find,
When swift extremity can seem but slow?
Then should I spur, though mounted on the wind,
In winged speed no motion shall I know,
Then can no horse with my desire keep pace.
Therefore desire, (of perfect'st love being made)
Shall neigh, no dull flesh, in his fiery race;
But love, for love, thus shall excuse my jade-
Since from thee going, he went wilful-slow,
Towards thee I'll run, and give him leave to go.