2012/11/29

オスカー・ワイルド 『幸せな王子さま』 Oscar Wilde. The Happy Prince.

 幸せな王子さまの像は、街並みよりずっと高いところ、ある背の高い柱の上にありました。その体は純金の箔で覆われ、その両目にはサファイアがきらきらと輝き、その剣の柄には真っ赤なルビーが燃えるように光っていました。
 王子さまの像はそれはそれは感心されていました。「彼は風見鶏と同じくらい美しいよ。」町議会の議員の一人が――この人は芸術的な趣味を持っているという評判を得たいと願っていたのですが――こう評したこともあります。「大変役に立つだけでなくね。」みんなが自分を実際的でないと考えたらいけないと気づかって――たしかに実際的でない人でしたが――、彼は付け加えていました。
 「どうして君は幸せな王子さまのようにいられないんだい?」感じやすい母親が、月を欲しがって泣いている坊やに尋ねることもありました。「幸せな王子さまは何かを欲しがって泣くなんて夢にも見やしないよ。」
 「世界のどこかにとても幸福な人が誰かいるなんて嬉しいことじゃないか。」素晴らしい像を見つめながら、ある男の人がため息混じりに呟いたこともあります。
 「王子さまってまるで天使みたい。」大聖堂から出てきてこんなことを言ったのは、こぎれいな白いエプロンドレスに明るい紅色のマントを羽織った養育院の子どもたちです。
 「どうしてわかるんだい?」数学教師が尋ねています。「天使なんて見たことないはずだろう。」
 「うん!でも僕たちは見たよ、夢の中でね。」子どもたちがこたえます。すると数学教師は、子どもの見た夢に合点がいかず、しかめっ面をしていました。
 ある夜、そんな街に小さなツバメが流れ着きました。ツバメの仲間たちは六週間前にエジプトへ行ってしまっていたのですが、彼はみんなから遅れたままでした。というのも彼は、それはとても美しい葦に恋をしていたのです。ツバメがその葦に出会ったのは春先のことです。ちょうど彼が大きな黄色い蛾のを追って川に降り立ったときでした。ツバメは彼女のすらりとした腰つきにとても魅入ってしまい、そこに留まって彼女に話しかけたのでした。
 ツバメは彼は単刀直入に話すのが好きでした。そこで彼は言いました。「愛してもいいかい?」すると葦は彼にお辞儀をしました。ツバメは彼女の回りをくるくると飛び回り、その翼で水に触れて銀色のさざなみを立たせました。この彼なりの求愛のしぐさでしたは、夏の間ずっと続くのでした。
 「馬鹿みたいな愛情だよ。」他のツバメたちはつぶやいていました。「あの葦は金は持ってないくせに、親戚は腐るほどいるんだぜ。」たしかに、川には本当にたくさんの葦がいました。そうして、秋の訪れとともに他のツバメたちは飛び去ってしまいました。
仲間たちが去ってしまうと小さなツバメはさみしくなりました。そしてその恋人にもうんざりしてしまいました。「彼女は何にも話してくれない。」彼は言いました。「もしかしたら彼女は僕の気持ちで遊んでいるんじゃないかな。だっていつも風とだって仲良くしてるんだもの。」ツバメの言う通り、葦は風が訪れるときはいつだってとびきりおしとやかなお辞儀をするのでした。彼はつづけました。「君が家庭的なのは認めるけど、僕は旅が好きなんだ。つまりその、僕のお嫁さんになる人も旅が好きじゃなくちゃいけないのさ。」
 「だから、君も一緒に来てくれるかい?」ツバメはついに葦に言いました。しかし彼女は首を横に振りました。葦は、自分の住んでいる場所が大好きだったのです。
 「君は本気じゃなかったんだ。」ツバメは泣きました。「僕はピラミッドへ発つよ、さよなら!」そして彼は飛び去ったのでした。
 一日中彼は飛びました。そうして街に着いたときには夜になっていました。「どこで休もうか?」彼は言いました。「街が僕を迎える準備をしてくれてたらいいんだけどな。」
そのとき、彼は背の高い柱に乗った王子さまの像を見つけたのです。
 「あそこで休もう」彼は元気に言いました。「素敵な場所じゃないか、おいしい空気もたっぷりあるし。」そういうわけでツバメは幸せな王子さまの足と足のちょうど間ぐらいに降り立ちました。
 「僕は黄金の寝室を手に入れたわけだ。」ツバメは周りを眺めながらそっと独り言をいいました。そして眠る支度をしました。しかし、彼が頭を翼の中にしまいこむと、大きな滴が彼の上から落ちてきました。「どうも変だな!」彼は元気に言いました。「空にはこれっぽっちも雲なんかないし、輝く星たちも透き通るようによく見える。なのに雨が振るなんて。北ヨーロッパの気候は本当にひどいもんだ。あの葦は雨が好きみたいだったけれど、あれはただのわがままだったのさ。」
 すると滴がもう一つ落ちてきました。
 「雨もよけてくれないならこの像はなんのためにあるんだろう?」ツバメは言いました。「もっといい煙突をさがさなくちゃ。」そうして彼は飛び立とうと決めました。
しかしツバメが翼を開いた時、三つ目の滴が落ちてきました。彼は顔を上げてみました。ああ!ツバメの目には何が映ったのでしょう!
 それは、涙でいっぱいの幸せな王子さまの両目でした。そして、王子さまの黄金の頬をつたう涙でした。王子さまの泣き顔が月の光の中でとても美しく光っていたので、小さなツバメはかわいそうな気持ちでいっぱいになりました。
「君は誰だい?」ツバメは言いました。
「僕は幸せな王子さ。」
「じゃあ、どうして泣いているんだい?」ツバメは尋ねました。「おかげでこっちはずぶぬれだよ。」
「僕がまだ生きていて、まだ人間の心臓を持っていた頃、僕は涙がどんなものか知らなかったんだ。」王子さまの像がこたえました。「というのも、僕はサンスーシに住んでいたんだけれど、そこには悲しみが入り込む隙間なんてなかったんだから。日が射しているあいだは、庭で仲間たちと遊んでいたし、日が沈んでいるあいだは、大広間で先頭に立ってダンスをしていた。その庭の回りといえばとても高い壁がめぐらされていたけれど、その向こうに何があるのかなんて尋ねる気も起きなかった。とりあえず、僕の回りにある何もかもが美しかったんだ。僕に付き添う宮廷の人たちは僕のことを幸せな王子さま、と呼んでいたよ。そして実際僕は幸せだった――もし快いことを幸せと呼べるならね――。そんな風に僕は生きて、そんな風に僕は死んだ。そして、僕が死んだ今になって、みんなが僕をこんな高いところにおいてくれたおかげで、僕はこの街にある醜いことすべて、そして悲しいことすべてを見ることができるようになったんだ。もう僕の心臓は鉛なのに、僕は泣かないではいられないんだ。
「なんてこった!こいつは金無垢じゃないのか?」ツバメは独り言をつぶやきました。彼は当てつけがましいことを大声で言うには礼儀正しすぎたのです。
「遠くに、」王子さまの像は低い、音楽のように響く声でつづけました。「遠くに小さな通りがあるんだ。そこには貧しい家があるけれど、窓が一つ空いているから机に向かっている女の人が見えるんだ。彼女の顔は細くやつれているよ。彼女の荒れた真っ赤な手がお針子の仕事のせいであちこち刺されている。彼女はサテンのガウンに時計草の刺繍を縫っている。それを女王様のとびきり可愛い侍女が次の舞踏会に着ていくのさ。部屋の隅では小さな男の子が病気で寝込んでいるよ。彼には熱があって、オレンジを欲しがっている。けれど彼の母親は川の水以外にあげられるものがなくて、それで彼は泣いている。ツバメ君、ツバメ君、小さなツバメ君。僕の剣の柄からルビーを抜き取ってあの母親に届けてはくれないか?僕が足がこの台座に打ちつけられていて動けないんだ。
「僕はエジプトに友だちを待たせてるんだ。」ツバメは言いました。「僕の友だちはナイル川で飛び上がったり舞い降りたりしながら、大きな蓮の花に話しかけているのさ。みんなすぐに大王さまのお墓で眠っちゃうんだろうな。大王さま自身はあざやかな棺に入ってるんだけど、黄色の亜麻布に包まれて、香辛料を詰められてるんだ。その首には淡い緑色のヒスイの輪がかけられていて、その両手はまるで葉っぱが生い茂ってるみたいなんだ。」
「ツバメ君、ツバメ君、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「それなら一晩だけ、僕のためにここにいてくれないか?そして僕のお使いをしてくれないかい?あの男の子はひどく喉を乾いている上に、あの母親はとても悲しんでいるんだ。」
「思うに、僕は男の子が好きじゃないんだな。」ツバメはこたえました。「この前の夏、僕が川にいたとき、ずいぶん乱暴な男の子が二人いてね。粉屋の息子さ。そいつらはいっつも僕に石を投げてくるんだ。もちろん、当てられなんかしないけどね。僕たちはそりゃあうまく飛び去って、そのうえ僕は素早いことで知られた家系の出なんだからね。でもやっぱり、あれは不敬の証ってやつだよ。
しかし、幸せな王子さまがほんとうに悲しそうにしているので、小さなツバメはなんだか申し訳なくなりました。「ここは寒いよ。」ツバメは言いました。「けど、もう一晩だけなら一緒にいてやってもいいよ。もちろん、お使いもね。」
「ありがとう、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。
そういうわけでツバメは大きなルビーを王子さまの剣から抜き取り、口先に加えて街の屋根たちの上を飛んで行きました。
ツバメは大聖堂の塔を越えて行きました。塔には白い大理石で天使たちが彫られていました。ツバメはダンスの音が聞こえる宮殿を越えて行きました。美しい女の子が、恋人と一緒にバルコニーに出てきていました。「星はなんてすばらしいんだろう。」恋人は女の子に言いました。「そして愛の力はなんてすばらしいんだろう!」
「私のドレスが舞踏会に間に合えばいいんだけど。」彼女は言いました。「私、注文したのよ。時計草の刺繍をしてくださいって。でもあの針子は怠け者なのよ。」
ツバメは川を越えて行きました。いくつもの舟のマストにランタンがぶらさがっていました。ツバメはゲットーを越えていきました。年老いたユダヤ人たちが互いに取引をして、銅の天秤でお金を計っていました。ついにツバメは貧しい家にたどり着きました。覗き込んでみると、男の子は熱にうなされながらベッドで寝返りを打っていました。母親は眠ってしまっていました。とても疲れていたのです。ツバメはテーブルに飛び乗ると、母親の指ぬきのそばに大きなルビーを置きました。そしてツバメはベッドの周りを優しく飛び回り、男の子の額を翼で仰いであげました。「なんですずしいんだろう。」男の子は言いました。「きっとよくなってるんだ。」そして男の子は心地いいまどろみの中へ沈んでいきました。
そうして、ツバメは幸せな王子さまのところへと戻ってきました。そして、うまくやったことを伝えました。「変だな。」彼は言いました。「こんなに寒いのに、とても温かい気がするよ。」
「それはいいことをしたからさ。」王子さまはいいました。それを聞いた小さなツバメは考えてみましたが、やがて眠りに落ちてしまいました。考えると彼はいつも眠くなるのです。
日が昇り、ツバメは川へ降り立ち、一浴びしました。「なんとも興味深い現象だ。」鳥類学の教授が橋を渡りながら言いました。「冬にツバメとは!」そして教授はそのことについて地元の新聞社へ長々と書いて送りました。みんながその記事を引用しました。その記事はみんなが理解できないたくさんの言葉でいっぱいだったのですが。
「今夜はエジプトに行くよ。」ツバメは言いました。そして先のことを考えつつうきうきしていました。彼は街中の記念碑を見て回ってから、長い間教会の尖塔の上にとまっていました。彼がどこに行っても雀たちは互いにチュンチュン言っていました。「なんて目立つ旅行者だろう!」そんなわけでツバメは大変楽しんだのでした。
月が上ったころ、ツバメは幸せな王子さまのところへ戻ってきました。「エジプトにことづけはあるかい?」彼は元気に言いました。「もう行くからね。」
「ツバメ君、ツバメ君、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「もう一晩だけここにいてはくれないか?」
「エジプトで待たせてるんだってば。」ツバメはこたえました。「明日にはきっとみんな二つ目の大滝に向かって飛び立っちゃうよ。カバたちが、大きなミカゲ石でできたメムノーン神の王座の上で、ガマにかこまれながら寝そべってるんだ。メムノーン神といえば、一晩中星を見つめていて、明けの明星が輝くころに喜びの一声を上げてまた静かになるんだ。昼間には黄色いライオンたちが水辺に降りてきて水を飲む。その目は緑色の宝石みたいで、その唸り声は大滝の声よりも大きいんだ。」
「ツバメやツバメ、小さなツバメ君よ。」王子さまは言いました。「街の向こうに、屋根裏部屋が見える。そこには若い男の人がいるんだ。彼は紙でいっぱいの机で勉強していて、脇にある大きな器にはスミレが束になって茂っている。彼の茶色の髪の毛で縮れていて、彼の唇はザクロのように真っ赤だ。そして彼の大きな両目は夢を見ている。劇場の監督のために劇の台本を書きあげようとがんばってるんだよ。でも彼は寒さでまいっていて書きつづけられないんだ。暖炉には火がないし、彼は空腹で気が遠くなってるみたいだ。」
「もう一晩だけ一緒にいてもいいよ。」ツバメは言いました――彼は本当に良い心の持ち主なのです――。「じゃあ別のルビーを取っていいかい?」
「ああ!もうルビーは無いんだ。」王子さまは言いました。「残っているものといえば僕の両目だ。千年も前にインドから持ってきた珍しいサファイアでできているんだ。このうち一つを抜き出してどうかあの男の人に届けてくれ。彼が宝石商に売れば、食べ物も薪も買える。あの台本も書き終えるさ。」
「王子さま。」ツバメは言いました。「それはできない相談だよ。」そして彼は泣きだしました。
「ツバメ君、ツバメ君、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「お願いだよ。」
ツバメは王子さまの片目を抜き出して、あの学生がいる屋根裏部屋へと飛んで持っていきました。中には簡単に入れました。というのも屋根には穴があったからです。ツバメはこの穴を通って部屋に降りて行きました。若い男は頭を両手にうずめていたのでツバメの羽ばたきが聞こえませんでした。そして彼が目を上げると、生い茂ったスミレの中に美しいサファイアがあるのを見つけました。
「僕も世の中に認められはじめたんだ。」彼は叫びました。「これはきっと僕をすごく称賛してくれる誰かからのものだ。これで書き終えられるぞ。」若い男は幸せそうでした。
次の日ツバメは、港に降り立ちました。彼は大きな船のマストにとまり、船乗りたちが大きな箱を船倉からロープでひっぱっているのを見ていました。「よいこらせ!」船乗りたちが叫ぶのに合わせて箱が出てきました。「エジプトに行くんだ!」ツバメは元気に言いました。しかし誰もツバメを気にとめませんでした。やがて月が昇り、ツバメは幸せな王子さまのところへ戻ってきました。
「さよならを言いに来たよ。」ツバメは元気に言いました。
「ツバメやツバメ、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「もう一晩だけ、一緒にいてくれないかい?」
「もう冬なんだ。」ツバメは言いました。「もうすぐここには冷たい雪が降るよ。エジプトだったら緑のシュロの木の上で温かい太陽を浴びれるし、ワニたちが泥の中でのんびり寝そべっているのが見れるんだ。僕の仲間たちはバールベック寺院の中に巣を作ってるところだろうな。そしてピンクや白のハトたちはそれを観ながら互いにクークー鳴くんだろうな。なあ、王子さま、僕はいかなきゃならないんだ。けれど次の春が来れば僕は君があげてしまったような美しい宝石を宮殿から持ってきてあげるよ。そのルビーは真っ赤なバラよりもっと赤くで、そのサファイアは大きな海のように青いと思うよ。」
「下の広場に、」幸せな王子さまは言いました。「小さなマッチ売りの女の子が立っているよ。彼女は溝にマッチを落としてしまったみたいだ。マッチはもうダメだろうな。もしお金を家に持って帰れなければ、あの女の子は父親にぶたれてしまうんだろう。あの子は泣いているよ。靴もストッキングも無いじゃないか。小さな頭には何もかぶってないよ。僕のもう片方の目を取ってくれ。そして彼女にあげてくれ。父親があの子をぶたないように。」
「もう一晩だけ一緒にいてあげるよ。」ツバメは言いました。「でも君の目は取れないよ。君は何も見えなくなっちゃうなじゃないか。」
「ツバメ君、ツバメ君、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「お願いだよ。」
ツバメは王子さまの残りの片目も抜いてしまいました。そしてそれを持って飛び降りて行きました。彼は素早くマッチ売りの女の子のところへ下り、その手のひらに宝石を落としました。「なんてきれいなガラスのかけら。」女の子は元気をもらって言いました。そして家へ走って行きました、笑いながら。
そのあと、ツバメは王子さまのところへ帰ってきました。「君はもう何にも見えないんだろう。」ツバメは言いました。「じゃあ僕がずっとここにいてあげるよ。」
「だめだよ、小さなツバメ君。」かわいそうな王子さまは言いました。「エジプトに行かなきゃ。」
「ずっとここにいるんだ。」ツバメはそういうと、王子さまの足元で眠ってしまいました。
次の日ツバメはずっと王子さまの肩にとまっていました。そして奇妙な土地で見たものについての話をしていました。ナイル川の両岸に長い列を作り、そのくちばしで金魚を捕まえている真っ赤なトキの話。世界と同じくらいの年を取っており、砂漠に住んでいて、そして何でも知っているスフィンクスの話。ラクダのそばをゆっくりと歩き、琥珀を手に持って運んでいる商人の話。黒檀のように黒く、大きな水晶を礼拝している月の山々の王の話。シュロの木の中に眠り、二十人もの司祭に蜜入りケーキで養われている大きな緑の蛇の話。そして、大きな湖を大きな平たい葉っぱを漕いで渡り、いつも蝶々たちとけんかをしているピグミーの話。
「小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「君は不思議なことをたくさん教えてくれるね。けれど何よりも不思議なのは男の人たちと女の人たちのことだよ。みじめな悲しみほど謎めいたものは無いよ。街の上を飛んでいって、見えたものを教えてほしい。」
そういうわけでツバメは大きな街の上を飛んでいきました。一方では、お金持ちの人々が美しい家で陽気に過ごしていました。他方では、物乞いの人たちがその門の前に座り込んでいました。ツバメは暗い小道に入っていきました。飢えた子どもたちが白い顔をして、外の真っ黒な大通りを物憂げに眺めていました。橋のアーチの下では、二人の小さな男の子があたたまるように互いの腕の中に体をあずけていました。「なんて腹ぺこなんだ!」男の子たちは言いました。「ここから退きなさい。」警備員に怒鳴られると、男の子たちは雨の中へさまよい出ていきました。
その後、ツバメは帰ってきて、王子さまに自分が見たものを教えました。
「僕は純金で包まれてる。」王子さまは言いました。「それをはがしてくれ。一枚一枚。そして貧しい人たちにあげてくれ。生きている人たちはいつもこの黄金があればきっと幸せになれると思っているよ。」
一枚、また一枚とツバメは王子さまから純金をはがしていきました。幸せな王子さまの輝きがとても鈍くなり、灰色になってしまうまで。一枚、また一枚とツバメは貧しい人たち、そして赤らんだ顔をした子どもたちに純金を持っていきました。すると子どもたちは笑顔になり、通りで遊びをはじめました。そして声が聞こえます。「パンが食べれるんだ!」
やがて、雪が降ってきました。雪に続いて、冷たさが降ってきました。光輝いてぴかぴかになった大通りはまるで銀でできたようでした。家々の軒にぶらさがった長いつららは水晶でできた短刀のようでした。誰もかれもが毛皮をまとって出歩いていました。小さな男の子たちは緋色の帽子をかぶって氷の上でスケートをしていました。
かわいそうな小さなツバメの体はだんだんと冷えていきました。しかし彼は王子さまのもとを離れませんでした。彼は王子さまを愛しすぎていたのです。ツバメはパン屋の見てないうちに、そのドアの外に落ちているパンくずをついばみました。そして翼をはばたかせて暖をとろうとしました。
しかし、自分のもとに死が訪れようとしていることをツバメは知っていました。彼は最後の力を振り絞って王子さまの肩に飛び乗りました。「さよなら、愛する王子さま!」ツバメは弱弱しくつぶやきました。「君の手にキスしていいかい?」
「やっとエジプトに行けるんだね。僕は嬉しいよ、小さなツバメ君。」王子さまは言いました。「君はここに長くいすぎたね。キスをするならこの唇にしておくれ、愛するツバメ君。」
「僕が行くのはエジプトじゃないよ。」ツバメは言いました。「僕はそろそろ死の家に行くのさ。死は眠りの兄弟なのさ。そうだろう?」
そしてツバメは幸せな王子さまの唇にキスをすると、その足元へと舞い落ちて、冷たくなりました。
そのときのことです。王子さま像の中で鋭い音が――何かがこわれてしまったかのように――鳴り響きました。実を言うと、王子さまの鉛の心臓は真っ二つに割れてしまったのです。心臓は確かに、恐ろしいほど冷えていたのです。
翌朝早くに、町長は町議会の議員たちと一緒に象の下の広場を歩いていました。柱のそばを通り過ぎるときに町長はふと王子さまの像を見上げ、言いました。「おや!幸せな王子さまがなんてみすぼらしく見えるんだろう!」
「確かにみすぼらしい!」いつも町長に賛成している街の議員たちは言いました。そしてよく見るために近寄っていきました。
「ルビーは剣から落ちてしまっているし、両目もなくなっている。しかももはや金ぴかでもないなんて。」町長ははっきり言いました。「これじゃあ王子さまは乞食と同じじゃないか!」
「乞食と同じですな。」議員たちは言いました。
「しかも見てみれば足元には死んだ鳥もいる。」町長はつづけました。「鳥がここで死ぬのを禁止する宣言を本当に考えなければならんな。」それを議会の書記がその提案を書きとめました。
そういうわけで、幸せな王子さまの像は柱から下ろされました。「美しくない以上は役にも立たぬ。」大学で美術を教えている教授が言いました。
その後王子さまの像は炉の中で溶かされました。そして、町長はその金属を何に使うかを決める市議会を開きました。「私たちがつくるのはもちろん別の像だ。」彼は言いました。「そしてそれは私の像にしようじゃないか。」
「私の像にしよう。」議員のそれぞれがそう言いました。そうして口論が起こりました。私が最後に聞いたときも町長と議員たちはまだ口論を続けていました。
「なんて妙なことだ!」鋳造所の作業員たちを監督していた者が言いました。「この壊れちまった鉛の心臓は炉につっこんでもどうも溶けない。仕方ない、そんなもの捨ててしまおう。」そうして作業員たちは鉛の心臓をごみ溜めに――ここには死んだツバメも横たわっていました――捨ててしまいました。
そのころのことです。「あの街でもっとも価値のあるものを、私のところへ二つ持っておいで。」神様は天使の一人に言いました。そこで天使が持って来たものは、鉛の心臓と、冷たくなった鳥でした。
「お前たちはちゃんと選んだね。」神様は言いました。「なぜって、この小さな鳥は、私の楽園の庭でいつも歌うだろうし、この幸せな王子は、私の黄金の街の中で私をきっと称えるだろうからね。」
おしまい。