W.シェイクスピアの『ソネット集』に収められた154のソネット(14行の定型詩)を順番に訳していきます。翻訳は今回で3回目になります。
【詩について】
前回と同じく、今回の第53歌は美青年宛のソネット(1~126番)の一つです。この詩は青年と世の美しいものをそれぞれ実体(substance)と影(shadow)とみなすプラトニックなイメージで貫かれた一本です。アドニスやヘレンといった神話上の美貌が青年の模倣となり、世界の全てが青年から魅力を借りてきているという主張は、まさに青年を美のイデアのように扱うものです。一方で、「変わらない心」(constant heart)というのは一種の掛け言葉になっており、イデアのように変化しない美しい存在として青年を描くとともに、詩人に対する青年の誠実さへの期待も表れています。
【翻訳】
君の実体は何だろう、それは君を作り
君とは無縁の影を何百万も従えている。
誰であれ一人一つの影を持っているが
君は一人で全ての影を貸し出している。
アドニスを描くとしても、その絵姿は
君を粗末に模倣したものになるだろう。
ヘレンの頬に美容術を尽くしてみると
ギリシアの衣装で描き直した君になる。
一年の中から春や実りの季節を語れば
一方は君の美しさの影を湛えているし
他方も君の豊かさの現れとなっている。
僕たちは見事な姿の奥に君を知るのだ。
優美な外面は全て君からの借り物だが
君の変わらない心を持つものはいない。
【原文】(表記は現代英語)
What is your substance, whereof are you made,
That millions of strange shadows on you tend?
Since every one hath, every one, one shade,
And you but one, can every shadow lend.
Describe Adonis, and the counterfeit
Is poorly imitated after you;
On Helen's cheek all art of beauty set,
And you in Grecian tires are painted new:
Speak of the spring, and foison of the year,
The one doth shadow of your beauty show,
The other as your bounty doth appear;
And you in every blessed shape we know.
In all external grace you have some part,
But you like none, none you, for constant heart.